Montepulciano - イタリア紀行 モンテプルチャーノ 2

今回の旅はイタリア人親友Jとその旧友Sがオーガナイズしてくれた。Sはパリで超有名メゾンのデザイナーをしているが、実家はモンテプルチャーノなので美味しい店に色々連れて行ってくれた。
モンテプルチャーノは交通の便は良くないのである。バーミンガム空港からルフトハンザを乗り継いでジェノヴァへ飛び、Jと空港で落あって一緒にローマに飛び、ローマにSが手配してくれたショーファーが迎えに来てドライブすること約1時間。着いたのは夜の11時近くでヘトヘトで腹ぺこだった。
その夜の夕食はVineria Bistrot Spazio Arteというところ。時間も遅かったので、料理ものではなく、生ハム、サラミ、ペコリーノチーズのプラッター。ペコリーノチーズはこの地方特産だそうで、出来立て、中度熟成、良く熟成の3種が出て来た。私は良く熟成したものが好みであったが、英人、伊人らは出来立てが好みだった。


このPOLIZIANO ROSSO DI MONTEPULCIANOが美味しかった。ここは得にワインの有名なところで、ワイナリー巡りが観光の目玉であるから、美味しくて当然なのだけど。ワインの善し悪しには当然葡萄の種類や年やどこで作られたかなどの基準もあるだろうが、やはりそこで作られたのを現地で頂くのが一番だと思う。輸出用には防腐剤や色々加わっているのだろう。









店内は古いワイン蔵のようで、なぜか自転車が棚に乗っていたり、鉄のオブジェがあったり、名前の通りアーティーなワインビストロ。
http://www.locandasanfrancesco.it/wine-bar-tuscany.html

ある日は別の丘の上の村に連れて行ってもらい、お母さんと息子の親子2人でやってる小さなリストランテに。

料理は全く気取らない田舎料理といったところで、ゆでたインゲン豆やひよこ豆にオリーブオイルと岩塩がかけてありローズマリーが一枝のってるだけの素朴なもの。それを前菜に、パスタを頼んだ。鴨のひき肉のラグーに、うどんのような太い手打ちパスタをからめたのが、焼うどん風でうまかった。おっかさんが給仕しながら、色々しゃべる。イタリア語はちんぷんかんだが、後から友人に聞くと、嫁が出て行ってしまい自分一人でのサーヴィスだから忙しくて仕方がない、ということを愚痴っていたそう。


砂糖入れも素朴な味わい。















          今回一番美味しかったのは、San Biagio教会の前のLa Grotta。























前菜。アンチョビ、パン粉、細かく刻んだきゅうり、トマトなど野菜をごちゃ混ぜにしたサラダ状のもので美味い。Jによると、これを食べると子供時代を思い出すそうで、どこでもよく作る家庭料理のようだ。










フェネルとカジキ鮪のカルパッチョ




















ズッキーニのサフラン風味パスタ
















また出た焼うどん。


メインはビフテキに茹でインゲン豆(またまた)。どでかい骨付きで焼き上がって来たのをウェイターがテーブルでめいめいに切り分けてくれる。


骨に残ってる身を最後までむしゃぶる親友J、、、Tシャツは私たちのシュルーズベリーからの土産であるが、丸の内と高円寺がすぐ隣だったり、でたらめな東京地下鉄路線図がゴジラの形になっている。

最後の〆はティラミス。ここの創作ティラミスで、マスカルポーネチーズのクリームにコーヒーのジェラートにコーヒー豆とココアパウダーが散らしてある。ご家庭でも簡単にマネできそうですね。お腹いっぱいでも軽いのでつい平らげてしまった。
S女史は普段はパリで超有名デザイナーのメゾンのデザイナーである。超有名デザイナーは自分の名を冠したメゾンをやっていても、世界各国向けにデザインチームがデザインしていて、本人はオートクチュールしかやらないのである。Sは日本とアメリカ向けを全部任されてるので、日本でこの某デザイナー先生のラインを買っても先生のデザインではなく、Sのデザインということだ。自分の名前を表にだしてやる気は全然無いというし、華やかな世界で長くやってきてるが全然気取らぬ力の抜けた人で愛車は18だか20だかの誕生日に買ってもらったという旧式のフォルクスワーゲンビートルを20年間大切に乗っていて、それで色々なところに連れて行ってくれた。故郷愛が強くモンテプルチャーノが世界で一番ビュ〜ティフルでこの環境を地元住人が皆大切に守ってるの、仕事つきあいの中国人が数億出すから別荘買いたいから探してくれないかと頼まれたけど、当然断った、とのことだし、ベルスコーニが別荘を買おうとした時も地元民が大反対して結局買えなかったそうだ。とにかく、この古いままのエリアを古いままで残すために本当にみんなが努力してる、のだそうだ。